【日々ごと短編】お手紙を綴るように
――「日々ごと短編」では、スマイディアで働く人々が描く、日常のちょっとだけあったかいお話を小説にしてお届けします。
今回は印刷グループ、Yさんのお話です。
印刷に必要な「版」という、文字や絵の情報を版に転写した金属のシート出力したり、名刺やチラシの印刷をしているYさん。紙が好きでスマイディア(当時スマイ印刷) に入社したそう。
そんなYさんの心に残っている、お客様とのエピソードとは…….?
お手紙を綴るように
シチューのようにあたたかい陽射しが窓からすべりこみ、机の上を照らす昼下がり。
少しだけ立ち止まって日光浴をしていると、お昼休憩を終えるチャイムが鳴った。
紙が大好きだから、この仕事を選んだ。印刷の仕事は楽しい。ものをつくることも好きだ。パソコンの前で座ってじっとなにかをするというより、実際に触りながら立体物をつくる仕事が性に合っている。紙がチラシになったり、名刺になったり、冊子になったりするのが面白い。
「さて、始めようかな」
印刷を始めようと思い、指示書を見る。指示書には印刷物の名前、個数、使用する紙は何か、工程別の予定日の情報が事細かに書かれている。
指示書の束を確認していると、その中の一枚に見覚えのある名前があった。
「××高等学校 教員 S」
ふと脳裏によぎる、あの透き通る声。
「あ、S先生だ」
見間違いかもしれない。そんなことがあるのだろうか。
信じられずに目を擦って再確認する。そこにはやはり、あの先生の名前が記されていた。
私がここにいるのは、S先生がいたからだ。
高校の美術の先生で、私が所属する美術部の顧問だった。教師業のかたわら、自分の作品も作り続ける人だ。厳しくて怖い部分もあったが、それは本気で美術に向き合っているからこそだと知っていたし、私はそんな先生のことが大好きだった。
「本気で好きな人は寝ても覚めても描き続けるさ」
先生のそんな言葉に、強い憧れを抱いていた。
先生のもとで美術を学んでいるうち、いつしか紙自体の魅力に取り憑かれるようになった。大学を出て本屋さんで働いた後、スマイ印刷(現スマイディア)に入社した。
自分がここに立っていること。先生の名刺を印刷できること。
こんな奇跡みたいなこともあるものなのか……。
はしゃぎたい気持ちを抑えこみ、何もないような顔で印刷機に向かった。誰にも悟られぬように。なぜならこれは「トクベツ」だから。でも、口角がゆるみそうだ。
「名刺はその人の顔である」という言葉がある。私がつくるものが先生の顔になるのだ。
数枚試し刷りをして、ズレや色ムラがなくなるよう調整する。細部までよく確認し、質を上げる。それが終われば本番の用紙をセットして、印刷にかける。
背筋が伸びる心地がした。
先生にはもう何年も会っていない。それでも先生の熱意はずっと心の中にあって、私を励ましてくれた。
————私は元気にやっています。先生もどうかお元気で。
そうして名刺が刷り上がった。紙を持ち上げ、花束を置くように台車に移した。
この名刺は、先生すら知ることのない、秘密のお手紙。
今の私だからできる、最高の恩返しだった。